生活は所変われば一緒に変わるブログ:16-7-30

43-02

俺の家は一年中、
パパの知らない秘密でいっぱいだった。

ママと姉貴と僕は、
クリスマスも誕生日も雛祭りも、
ショートケーキを囲み歌を歌い写真を撮り、
イベントはきちんと三人で迎えてきた。

オレと母親が、
また、姉貴と母が冷戦状態であっても、
父親が家族の出来事に
クチを挟むことは殆どなかった。

仕事やつき合いで
いつも午前様か単身赴任だった生活も、
ようやく落ち着いた頃には、
もう娘達は部活や試験や遊びに忙しい学生になっていて、
家族みんなで食卓を囲むこともあまりなくなっていた。

そして就職、独立、結婚…
ますます距離が離れてゆくむすめ達に、
これが一般的なお父さんとむすめのスタンスだと、
父親の方も割り切っていたのかもしれない。

「ちょっと具合が悪いらしいの」
母から電話を受け実家に行くと、
親父は布団の中から出ようとしなかった…
相変わらずの病院嫌い。

必死の説得で、
やっとのことで病院へ行かせると即入院となり
「ご家族の方は覚悟を決めるように」
という厳しい言葉までいただいた。

渋谷の姉も呼び戻され、
母は何度も
「好きに生きてきたんだから、いいよね」と言った。

入院した当初、ボクがお見舞いに行っても、
父は全く起きあがる気配すら見せなかった。
病室を出た後は毎回、
これが親父の姿の見納めなのではと不安になった。

そんな親父が、
初めてわたくしの息子達を病室に連れて入った瞬間、
電気のスイッチを入れたような輝きを放った。

お父さんは体をゆっくりと起こし、
そして短く「おっ」と言った。

昔、新聞を読んでいる親父が顔をあげて、
僕の運んだ晩酌のビールを見つけた時のあの顔だった。

子ども達との穏やかな空気に包まれて、
何と幸せそうな様子だろう。
もちろん、それからボクの見舞いは必ず「孫持参」となった。

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